京成本線の鬼越駅~京成中山駅間に、警報機も遮断機もない小さな踏切が残っていたのをご存じでしょうか。
その名は「鬼越第5号踏切道」。
いわゆる「第4種踏切道」で、京成線に最後まで残っていた第4種踏切としても知られていました。
筆者は2024年5月に現役当時の鬼越第5号踏切道を撮影。その後も現地を訪れていましたが、2026年にはついにその役目を終えました。
今回は、現役だった2024年、閉鎖されていた2026年6月、そして整地が進んだ現在の写真を比較しながら、姿を消した鬼越第5号踏切道を振り返ります。
鬼越~京成中山間に残っていた「第4種踏切」
鬼越第5号踏切道があったのは、京成本線の鬼越駅と京成中山駅の間。木下街道からも近い場所です。
踏切というと、列車が近づくと警報音が鳴り、遮断機が下りてくる光景を思い浮かべます。
しかし、鬼越第5号踏切道にはそのどちらもありませんでした。
踏切警標が設置されているだけの「第4種踏切道」です。
国土交通省では、踏切道を設備によって分類しており、第4種踏切道は「踏切警報機も自動遮断機も設置されていないもの」としています。
そして鬼越第5号踏切道は、京成線に最後まで残っていた第4種踏切道でした。
2024年に撮影した現役当時の姿
こちらは筆者が2024年5月に撮影した鬼越第5号踏切道です。
京成本線の上下線を横断する細い通路があり、両側には黄色と黒の踏切警標が立っていました。
遮断機はもちろん、警報機もありません。
線路を渡る際には、利用者自身が左右を確認する必要があります。
実際、踏切脇には京成電鉄による、
「この踏切は警報機がありません 必ず左右の安全を確認して通行してください。」
との注意書きも設置されていました。
写真を見ると、現在ではかなり珍しくなった第4種踏切の特徴がよく分かります。
2026年、ついに通行できない状態に
それから約2年。
2026年6月に同じ場所を訪れてみると、状況は大きく変わっていました。
踏切の入口には金属製の柵が設置され、ロープも張られています。
さらに「立入禁止」の看板が置かれ、線路を横断することはできなくなっていました。
2024年の写真と見比べると、その変化は一目瞭然です。簡易遮断機も設置されていたのですが、利用できなくなっていました。
そして7月末、踏切の痕跡も少なく
さらに2026年7月末、もう一度現地を訪れました。
6月に撮影した際にあった柵や踏切警標などは撤去され、線路脇も整地されていました。
2024年の写真と現在の写真を同じ方向から見比べてみると、かつてここに踏切があったことを知らなければ、その存在に気付くのも難しくなりつつあります。
わずか2年ほどの間に、
現役の第4種踏切 → 閉鎖 → 撤去・整地
と景色が変化したことになります。
今回、各段階を写真として記録できたのは貴重でした。
なぜ第4種踏切は減っているのか
第4種踏切は、全国的にも減少が続いています。
国土交通省では、踏切事故防止の観点から第3種・第4種踏切について、第1種踏切への転換や統廃合を進める方針を示しています。
特に第4種踏切は遮断機も警報機もないため、安全対策が大きな課題となっています。
かつては各地で見ることのできた設備ですが、鉄道の安全性向上とともに、その数は少なくなっています。
京成線最後の第4種踏切が過去の風景に
京成本線の鬼越~京成中山間に最後まで残っていた鬼越第5号踏切道。
2024年には、踏切警標と細い通路だけという第4種踏切らしい姿を見ることができました。
それから約2年後、踏切は閉鎖。そして現在は設備の撤去と周辺の整地が進み、現役当時の面影も少なくなっています。
普段何気なく目にしている鉄道設備も、いつまでも同じ姿で残っているとは限りません。
京成線最後の第4種踏切だった鬼越第5号踏切道。
2024年に撮影した写真は、今となっては京成本線に残っていた特徴的な鉄道風景を記録する一枚となりました。
という訳で、よい「鉄分」を!








